VISION 2036

化学工学会では、創立100 周年を迎える2036 年に向けた新たなビジョンとして、「VISION 2036」を策定しました。
(2024年3月に開催した第89年会「第13回化学工学ビジョンシンポジウム」にて公開)
学会内における議論を経て、本会および学会員の活動、ならびに化学工学における「ミッション」「ビジョン」を新たな指針として掲げることとなったその経緯とあわせてご紹介します。

ミッション・ビジョン

Mission 人と科学技術で社会の未来を拓く
Vision 1.社会実装を加速させる
Vision 2.広い連携で社会変化に機敏に対応する
Vision 3.多様な評価軸で新たな価値を創造する

VISION 2036 本文

学会のミッション(果たすべき役割、存在意義)を“人と科学技術で社会の未来を拓く”として、2036年に向けて化学工学会では以下のビジョン(ありたい姿、理想像)に基づいて行動する(図1)。


図1 化学工学会 VISION 2036の概略図

背景とミッション

資源循環経済への移行、産業の脱化石資源化、モビリティの電動化など、様々な文脈で社会の変化の加速度が増している。基礎研究から始まり、単一の組織のなかで応用研究、実用化研究、技術実証と進み、社会実装につなげるとのリニアモデルや技術駆動型研究開発だけでは、もはや近年の社会変化の速度に対応することができない。
速い社会変化の背景には、社会の多様性と変容が進むことに加えて、グローバリゼーションによる問題の複雑化や気候変動など広範な問題がある。このような大規模で複雑な問題を解決するには、化学工学の強みが役立つであろう。例えば、石油化学工業のみならず、多様な社会起点の課題に対しても、地域と時代に応じた現実的な最適解を提供してきた実績がある。また、対象を要素とつながりで捉え全体を俯瞰的に捉えることのできる化学工学は、学術の結合や技術の結合を促し、課題解決に貢献できる。このような化学工学の強みに加えて、研究開発やビジネスの転換をデータ駆動化によって進めることで、新たな価値をもつモノ、コトを創造していくことができる。加えて、私たち化学工学に携わる研究者・技術者は、原子・分子から地球規模までにまたがるトランススケール思考を磨き、社会の変化に素早く対応し課題解決につなげるためには、学理や技術をスモールスタートで活用することで、新たな価値創造の機会にしていくことが重要である。
20世紀の産業界は、生産効率やコスト低減を追求し、大量生産・大量消費を背景として経済成長を実現してきた。21世紀の未来は、有限の地球を認識し、人を中心とした視点から多様な価値観を考慮して未来を描く必要がある。価値創造もしくは課題解決に向けた要諦を同定し、最優先の研究開発に取り組んでリーンスタートアップするなど、従来と異なる視点、機敏さで価値創造を実現できる人材を育成することが重要になる。
このような背景から、化学工学会は「人と科学技術で社会の未来を拓く」ことを果たすべき使命(ミッション)として、創立100周年となる2036年に向けて以下の3つのビジョンを掲げて邁進していく。


Vision 1.社会実装を加速させる

これからの化学工学者には、化学工学の学問を活用して既存の技術や事業を高度化することが求められるだけでなく、社会起点で課題を設定し、新しい価値を創造することが期待されている。そのためには、世の中に深く根ざした問題を解決できる技術を社会実装することが重要である。ここで新しい価値を創造し社会実装につなげるには、地域、時代に応じた価値観を捉え、それに応じた目標を適確に設定する必要がある。同時に、高度なデータ活用を進め、モノづくりの視点に加えてコトづくりの視点を取り入れ、事業の転換を目指すことも重要である。地球規模の視点の重要性は言を俟またないが、地域の特性に合わせた産業構造の構築や、地域レベルでの実装と検証も同じように大事な取り組みである。人類の直面する課題に挑戦するにあたっては、理念と同時に事業として成立させることが必須である。
学会は、あるべき未来の姿を描き、その実現に向けた研究開発要素を同定するための議論の場を提供する。また、そのような環境を通じて、社会実装に関する学問の体系化を進めるとともに、新産業を創出する、あるいは社会実装を加速する人材を産学官が協働して育成する。

Vision 2.広い連携で社会変化に機敏に対応する

変化する社会における複雑化する課題に対して、化学や工学を基盤としてシステムを要素とその関係性で的確にとらえることが化学工学の強みであり、分野をまたがる協働のプロジェクトマネジメントに必須である。一方、現在の化学工学の学問体系に包含されない知識を組み込んだ新学問体系の構築を進めるとともに、時代の変化に即応して化学工学会の機能、体制を刷新していく。
社会の変化により迅速に対応し、実装に貢献するためには、既存の枠を越えた連携・融合、学術の結合、技術の結合を促進することが重要である。学会の内外の連携、産学官での議論、企業間協働体制の構築、政府や自治体、広くは社会との対話を進める必要がある。産学官は、情報を共有しオープンイノベーションを推進することに加えて、共に人材を育むことが重要である。化学工学会では、社会起点で越境しながら働く越境人材の育成に力を注ぎ、連携したチームで直ちに対処できる課題にリーンスタートアップで挑戦するなど、従来の重厚長大な課題への取り組みとは異なる新しい方法論を提案していく。また、地球規模の課題に対応するためには国際的な連携および国際標準化などにも学会が積極的に関与し、海外の関連学会とも広く連携して対処する。
学会は、社会情勢に則して変化し続ける体制を構築し、学会内外のステークホルダーが情報交換、議論できる場を提供する。 これからの研究者や技術者に求められる広い連携を意識させ、分野の壁を躊躇なく越えるマインドを涵養することで越境人材を育成する。

Vision 3.多様な評価軸で新たな価値を創造する

20世紀の産業、技術・プロセス開発においては、生産効率やコスト低減が重視されてきたが、近年は環境影響や人間の幸福度など多様な価値基準の考慮が求められるようになってきた。
化学工学会に集うすべての会員は、多様な価値観が存在することを認め、学会は、産学官で多様な未来を描く議論の場を提供する。同時に原子・分子スケールの特性から地球規模の現象までを的確に捉えるというトランススケール思考の強みを活かし、素材、装置、技術を、最終顧客の価値の観点から見直して新しい価値創造につなげる人材を育成する。そして、社会起点の課題設定から必要な技術を実装し、価値を創り出すまでを牽引することで、時代や地域の状況に合わせたビジネスの転換を推進する。

策定にあたって

VISION 2036 策定委員長 河瀬元明


ときには足を止め将来を思い描くことが必要だ。化学工学会こそが化学工学の仲間が集う場所であり、化学工学の未来を描くことができる。ビジョンは、化学工学会会員ひとりひとりの対外的公約となる。そういう思いで、VISION 2036の策定にあたってきた。資源循環経済への移行、産業の脱化石資源化、モビリティの電動化、マスカスタマイゼーションなどの社会の変化はこれまでになく速く、さらに加速している。単一の組織の中で、基礎研究から始めて社会実装に至るのでは、もはや間に合わない。問題の最適解は地域に依存し、そして年月とともに変化していく。私たちは多様な価値観で策を考え、常に新しい解を提示しなければならない。臨機応変に、やるべきことは小さくすぐに始める。新しい価値を創造し、やるべきことが持続できるようにする。化学工学はそういう未来を切り拓ける。策定作業のなか、そう確信するに至った。ここに、化学工学会は「人と科学技術で社会の未来を拓く」ことを果たすべき使命(ミッション)として、創立100周年となる2036年に向けて以下の3つのビジョンを掲げる。

Vision 1.社会実装を加速させる
Vision 2.広い連携で社会変化に機敏に対応する
Vision 3.多様な評価軸で新たな価値を創造する

VISION 2036 策定までの経緯

VISION 2036 策定副委員長 小野 努


化学工学会の前ビジョン(VISION 2023)については、2021年度に東北大学 北川尚美教授を委員長とする「VISION 2023 レビュー委員会」で総括を行った。これを受けて、化学工学会創立100周年にあたる2036年に向けた次期ビジョン“VISION 2036”の策定を行うこととなった。委員の選定は産学のバランス、年齢層、所属部会・支部などに配慮して、私が2021年度に庶務理事を務めていたことから、戦略企画会議へ提案して議論を重ねて選定した。その後、2022年12月の理事会承認を経て各委員への委嘱を行い「VISION 2036 策定委員会」が本格的に始動することとなった。2023年度内に発表することを目指したため非常に短期間ではあったが、表1のように議論を重ねてようやく2024年3月開催の第89年会ビジョンシンポジウムにて本ビジョンを正式に披露するに至った。

表1 VISION 2036 策定委員会の開催経緯
  開催日 主な内容
第1回 2023.2.8 @ハイブリッド(早大) 委員会の進め方を議論
第2回 2023.3.8 @オンライン ワークショップについて議論
第3回 2023.3.31 @ハイブリッド(茗荷谷) ワークショップ内容討議
第4回 2023.4.25 @ハイブリッド(早大) ワークショップ内容討議
WS①「社会実装に挑む」2023.6.6 @ハイブリッド(早大)
WS②「学問としての化学工学の未来」2023.6.21 @ハイブリッド(工学院大)
WS③「化学工学会が備えるべき機能と体制」2023.7.6 @ハイブリッド(工学院大)
第5回 2023.7.19 @オンライン WS前半取りまとめ・後半準備
WS①「社会実装に挑む」2023.7.22 11時~ @ハイブリッド
WS②「学問としての化学工学の未来」2023.7.22 14時~ @ハイブリッド
WS③「化学工学会が備えるべき機能と体制」2023.7.22 16時半~ @ハイブリッド
第6回 2023.8.27-28 @リンクフォレスト WS結果まとめ・ビジョン作成
第7回 2023.9.11 @第54回秋季大会(福岡) 式典にて経過報告
第8回 2023.11.27 @ハイブリッド(茗荷谷) ビジョン作成
第9回 2023.12.4 @ハイブリッド(茗荷谷) ビジョン作成
第10回 2024.1.17 @ハイブリッド(茗荷谷) ビジョン作成
第11回 2024.2.6 @オンライン ビジョン作成
第12回 2024.2.29 @オンライン シンポジウム準備
第13回 2024.3.13 @オンライン シンポジウム準備
第14回 2024.3.20 @第89年会(大阪) 第13回ビジョンシンポジウム

同委員会ではまずどのようなビジョンとするか、そしてどのようにしてビジョンを作っていくかを議論するところから始めた。VISION 2023のレビューなどもふまえて、今回のビジョンでは2036年の化学工学会のありたい姿を描き、具体的なアクションへの言及は極力盛り込まないことで合意した。一方、ビジョンの作り方に関しては、委員会の独りよがりなビジョンとならないためにも、学会構成員の声をできる限り取り入れて作るべきだという意見が多く、準備期間も短いなかでワークショップを複数回開催して学会員の皆様から自由に意見をもらう場を設けることとした。
ワークショップは6~7月の間で、以下の3テーマについてそれぞれ2回開催した。初回ワークショップで議論した内容を反映して2回目のワークショップに臨むことで、本学会のビジョンにつながる貴重な意見を収集することができた。

ワークショップテーマ
① 「社会実装に挑む」
② 「学問としての化学工学の未来」
③ 「化学工学会が備えるべき機能と体制」

ワークショップ①では、社会実装に挑戦していく学会であるための組織論や課題設定について意見を収集し、2036年の化学工学会が課題解決に貢献していくためには何が必要かを議論した。ワークショップ②では、学問としての化学工学の将来にどのような期待をもたれているか、2036年に必要な学問とは何かを考え、札幌宣言 で掲げられたSufficiencyとは何かなど幅広く議論した。ワークショップ③においては、化学工学会の現状の体制における課題から2036年にどのような体制が望まれるのかを議論した。特に、部会や支部の体制や年会・秋季大会がどのように変わっていくべきかの議論では、すぐにでも検討できるような貴重な意見も多く集まった。当日都合が合わずに参加できない方からも事前に意見を頂戴し、当日の議論に活用した。僅かな募集期間であったが、3つのワークショップで学会員から延べ119件の貴重な意見が集まり、それを基にして活発な議論をすることができた。急な呼びかけにもかかわらず、ワークショップに参加して貴重なご意見をいただけたことはビジョンを考えるうえでも非常に有益であり、委員一同心より感謝している。このワークショップを通じて集まった学会員の声を取り入れて、策定委員会では8月から具体的なビジョン案へと絞り込み、本文を作成していく段階に入った。戦略企画会議や理事会には、素案を逐次呈示して意見をもらうなどで修正や改良を重ねていき、2024年2月の理事会にてVISION 2036が承認されることとなった。
VISION 2036では、2036年に私たち学会員が目指すありたい姿をできる限り簡潔に示すことを目指してまとめてきた。このビジョンに対するアクションプランは策定委員会が考えるのではなく、学会構成員がそれぞれの立場で考え、ビジョン実現にためにどう行動するべきかを考えてもらう道標のような存在であってほしいと願う。変化の激しい時代でもあり、ここで掲載したビジョンの内容も見直しが必要であろう。そして、過去のビジョンの反省から、VISION 2036を学会全体に浸透させ、それを推進していくことがさらに重要であることも委員会内での共通認識である。策定委員会としては本稿の掲載をもって解散するが、今後は戦略推進センター傘下にある「ビジョン推進委員会」としてVISION 2036の普及と推進の役割を担っていくこととなった。
本稿を読まれている皆さんにとって、VISION 2036が今後の学会活動の道標になることを願い、ビジョン全文を掲載した。必要になれば読み返して、2036年に向けた個人および組織の活動方針へ反映させてもらえれば本望である。
最後に、本委員会の委員には本業の研究業務も大変忙しいなか学会の将来像を熟考し、多くの学会員の声を取り入れて、ビジョン本文をまとめていく作業に協力していただいたことを深く感謝する。

VISION 2036 策定委員会(敬称略・五十音順)

赤松憲樹(工学院大学)、植松隆史(花王株式会社)、小野 努(岡山大学・副委員長)、河瀬元明(京都大学・委員長)、菊池康紀(東京大学)、金 尚弘(東京農工大学)、古藤田輝昭(株式会社Aspentech Japan)、古山通久(信州大学)、清水一憲(名古屋大学)、下山裕介(東京科学大学)、能村貴宏(北海道大学)、福田晃子(株式会社ダイセル)、藤岡沙都子(慶應義塾大学)、溝越祐吾(三菱ケミカル株式会社)

過去のVISION

VISION 2023

公益社団法人 化学工学会は、本会創立100周年(2036年)の中間年に当る2023年までの行動指針を “ Vision 2023 ” としてまとめ、平成24年3月14日に公表いたしました。

2001年に策定した “ Vision 2011 ” の成果と反省を行い、 「Vision 2011 のレビュー」にまとめ、これを踏まえた “ Vision 2023 ” といたしました。

Vision 2023 全文

Vision 2023 ビジョン実現のための10の提言

産業界交流委員会提言「次世代化学産業のあり方に関する提言」

産業界交流委員会提言「化学技術者人材育成に関する提言」

Vision 2011 全文

Vision 2011のレビュー

VISION 2023のレビュー